2017.10.15

より目。

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畑の中に猫がいることもあり、大体はレンズを望遠にして撮影するのですが稀に畦道に入ります、その時。
家の間取りとか、台所の匂いとか、トイレの天井の染みが人の顔に見えて仕方なかったこととか、縁側に放られていた左右が異なるサンダルの色とか、雨水をためているバケツに浮かぶアメンボとか、いつさん(祖母)との生活を一気に思い出しました。
何かどこかにトリガーとなったものがあったのだろうけれど、何がトリガーになり記憶の抽斗が開くのかわからないところがおもしろいですね。
もう他界していますし、その家も今はないです。
ノスタルジーというかセンチメンタルというか、そういう感情が働いたんだな。

自分にも他人にも自由な人でしたが、ひとつ、「酒呑みにはなってはいかん!」というのがリクエストでした。
ごめん、それ果たせなかった!そして今も二日酔いなんだ!

走り書きのメモで「ラビットメカニズム」って書いてあるけど、これは一体何?

2017.10.09

※2017.10.10 一部修正(脂肪燃焼2kg→15kg!)しました。

近所にゃんこ。

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今年のポタリング総距離4500km突破!約2kg約15kg!の脂肪燃焼ですよ。やったね!

自転車が趣味の方からみれば冷笑される距離かもしれませんが、自分としては満足しています。
他人を巻き込まない自己満足こそが、自分を保つ手段ですよ。
脂肪2kg。約15kg!それでも十分に贅肉が落ちず、筋肉が付かないのはなぜなんだ!
(繰り返しですが、のんびり乗っているからです)

ほぼ1号機(MTB)。もうすこし3号機(シクロクロス)を出動させるか。
2号機(MTB)もあったな、、(ギア比が低いので出動せず、、うーむ、贅沢な悩み!だ)

というか、体力をつける目的に対して、のんびり乗るというソトネコ撮りを兼ねると、それは競合(矛盾)しているのではなかろうか、という構図に気が付きました。ようやく気がつきましたよ、気づくの遅いよ。

ところで全然話が変わりますが、僻地の自宅付近にも選挙運動の車が回ってきています。
それ(人がいないところを回るの)、特別に効率悪いから!
日本の選挙(投票)にいくべきだ、という風習はどうなんでしょうね。だいたい知らない人だし、口先を信じるほど愚かじゃないよ?ただ、「みなさんから選ばれました!」っていう大義名分を得たいだけでしょ。もしくは、そうでもしないと何か後ろめたいことでもあるの?と、考えてしまうのは邪心か。まあ、代替案がないのでなんともですが。

いかん、うるさい(選挙)ので機嫌が悪くなっているぞ。
平常心、平常心。という祝日の朝。

2017.10.07

ほのぼの。

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暖房器具を出すタイミングを見計らっています。
いや、さっさと出せよ!朝晩の外気はとっくに一桁台だぜ!

使い始めは敗北感に囚われた時代もありましたが、もうそんなのないです。
その当時は、資源を贅沢に使用していないという主張が優越感にもつながっていた側面もあったと思います。
若かった。そして痛かった。(今も痛いけど)
しかし今、負けだ負け、負けでいい。だから勝利(暖房)をくれ。(※世の中は理不尽!なのです)
というかね、昨晩ビール飲みながら震えていましたよ。
そこまでして飲むなよ!
ってか、そっちの使用(飲酒)を控えろよ!

ぐう、まったくそのとおり!

寒いから温泉にでもいくかね。
そしたら、飲みたくなるよね。
なんだ、悪循環にはまっていないか?
飲むって、牛乳ですよ、何勘違いしているんですか?
え、話には文脈というものがあってだね、、
あー、ごめんなさい、やっぱりビールです。

なんだ、この脳内会話。
という日。はやくストーブ出そう。

2017.10.01

落ちてきた栗。

トゲトゲの中から実を取り出し、鬼皮を剥き、渋皮を剥き、、、。
きっと多くの人間が思っている、低費用対効果。(あと、蟹も!)
しかし、ここで思い立ちましたよ。自動栗皮剥き機なんて開発すればウハウハじゃん!

、、、すでにありました。ちーん。

まあ、人間同じようなことを考えるのですね。自動蟹の身取り機はないけど(たぶん)。
蟹を食べるような機会は滅多にないので、それこそニッチな分野でしょう。

ニッチな分野にこそ、勝機がある!
まじか。なんか費用対効果の費用対効果を考えている構図だな!

すべてがコストパフォーマンスと考えるのが良くない!
え、いきなり全否定?

たしかに、コストパフォーマンスだけを考えるならカゲには出会っていない。
そして、その差は大きい。

つまり、栗の皮を剥く作業は、、?

なんか同類項にしてはいけないものをしている感が。
酔いが回っている?

という秋の夜。もう10月ですよ。

2017.09.24



治外法権の押し入れに秩序を。

ゴミの山。

いやもうほんと、他人からみればゴミの山に違いない。
現時点の自分がみてもゴミの山だ。収集癖のあるカラスか!
死んだときにゴミが残ってると想像すると、それは避けたい!
もしくは、何らかの事情で自由が利かなくなって、他人に入られる。と想像すると、、、
ぎゃー!許して!ごめん、それ全部間違いだから!

という気づきがあり、本、CD、服、山道具、カメラレンズ、その他もろもろ(←これが最も割合が高い!)。
使わないものを仕分けして片っ端から捨てました。ニフラム!ニフラム!
自分の歴史、よくも収まっていたな!
束の間、我を忘れさせてくれてありがとうございました。
なぜかゲームキューブが残っているでござる。
捨てろよ!
や、マリオカートやりたくなってさ。
モニター(テレビも)持ってないやんけ。

こういうのって、どこまで想定すればいいんだろうね。
いま、不幸(もしくは幸福)に死んだとすると、ゲームキューブが残っている。しかしモニターはない。
ここから第三者は何を想像するだろうか。
①ただのずぼらな人間だと推定して、あまり気にかけない。
②ゲームキューブと思わせておいて、貯金箱の可能性を考える。
③何らかのメッセージが残っていると解読を試みる。

①だろ!
そうね。間違いないね。
何か緻密で組織的な犯罪に巻き込まれたとかだったら、違うかもしれないけど。
そのゲームキューブが世界を救う的な。
や、隠れ蓑はもっと身近なものがよろしい。電子データだったら小型のメモリもあるし。

何の話だ?そんな人間じゃないぞ!しかし対策は打っておくか。
「その想像は間違えています。よろしくお願いします」
というメッセージを残しておけば良いのだ。とても簡単、そうしよう。

え?そうなの?